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東京地方裁判所 昭和40年(ワ)4149号 判決 1966年4月21日

原告

戸野彦太郎

原告

戸野ミサヨ

原告

福地マサ子

原告三名代理人

小島竹一

被告

株式会社渡辺組

右代表取締役

渡辺忠治

被告

佐藤八重次

被告

伊藤照男

被告三名代理人

楢原由之

主文

1  被告らは連帯して原告戸野彦太郎、同戸野ミサヨに対しそれぞれ金一六〇万円、原告福地マサ子に対し金一〇〇万円および右各金員に対する昭和四〇年六月四日から支払ずみにいたるまで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告戸野彦太郎、同戸野ミサヨのその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用中原告戸野彦太郎、同戸野ミサヨと被告らとの間に生じたものはこれを五分し、その一を原告らの、その余を被告らの負担とし、原告福地マサ子と被告らとの間に生じたものは被告らの負担とする。

4  この判決は第一項にかぎり仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の求める裁判

一、原告訴訟代理人は「1、被告らは連帯して原告戸野彦太郎、同戸野ミサヨに対しそれぞれ金二〇〇万円、原告福地マサ子に対し金一〇〇万円および右各金員に対する昭和四〇年六月四日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。2、訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求めた。

二、被告ら訴訟代理人は「1、原告らの請求をいずれも棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求めた。

第二、原告の請求原因

一、(事故の発生)

昭和四〇年二月六日午後六時一五分ころ川崎市田辺新田一丁目一番地先産業道路上で被告佐藤の被用者である被告伊藤の運転する自動三輪車(山形六せ四一一一号)(以下被告車という)が東京方面から横浜方面に向け時速約四〇粁で進行中、訴外戸野国雄をはね、同日午後八時二五分死亡するに至らせた。

二、(被告伊藤の責任)

当時訴外戸野国雄は右路上を田辺新田方面から浅田方面に向つて横断歩行していたのであるが、かかる際被告伊藤は自動車運転者として絶えず前方を注視して横断者を発見するや徐行または急ブレーキをかける等事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるのにこれを怠つて漫然進行した過失により右事故を惹起したものである。よつて加害者として後記損害を賠償しなければならない。

三、(被告佐藤の責任)

被告佐藤は被告車を所有し、その被用者である被告伊藤が事故当時同人のため被告車を運転していたものであるから、自動車損害賠償保障法第三条にいわゆる運行供用者として本件事故によつて生じた後記損害を賠償しなければならない。

四、(被告会社の責任)

(一)被告会社は道路舗装を主とする土木工事施行を業とするものであるが、昭和四〇年一月ごろ川崎市東渡田三丁目付近の道路工事を神奈川県から請負い、右工事を施行し、被告佐藤に被告会社佐藤班として被告会社川崎出張所の直接の指揮監督下に専属的に下請させ、被告佐藤の使用者である被告伊藤に対しても直接の被用者と同様の指揮監督をしていたものである。

(二)当日、被告伊藤は横浜市鶴見区寛政町の器材置場から舗装用器材等を被告車に積載して東渡田工事現場に運搬し、その後右寛政町の被告会社横浜出張所に帰る途中に本件事故を惹起したもので、本件事故は被告会社の業務執行中のものである。

(三)要するに本件事故は被告会社の被用者と同視すべき被告伊藤が被告会社のために被告車を運転中惹起したものであるから、被告会社は自動車損害賠償保障法第三条のいわゆる運行供用者として本件事故によつて生じた後記損害を賠償しなければならない。

仮に右主張が認められないとしても、その被用者と同視すべき被告伊藤が被告会社の業務執行中、前記過失により本件事故を惹起したものであるから被告会社は使用者として民法第七一五条により後記損害を賠償しなければならない。<中略>

第三、右に対する被告らの答弁

一、(被告全員)請求原因第一項の事実は認める。

二、(被告伊藤、被告会社)同第二項の事実は否認する。

三、(被告佐藤)同第三項の事実は認める。

四、(被告会社)(一)同第四項の事実中被告会社が被告佐藤と被告伊藤とを直接の指揮監督の下に専属的に使用し、被用者と同様の指揮監督を及ぼしていたことは否認する。その余の事実は認める。

(二)同(二)の事実は知らない。

(三)同(三)の事実は否認する。<以下、省略>

理由

一、請求原因第一項の事実(事故の発生およびこれによる訴外国雄の死亡)は当事者間に争いがない。

二、(被告伊藤の責任)

<証拠>によれば、事故現場は歩車道の区別のある車道巾員一九、二米の直線の道路であるが当時日も暮れ雨から雪にかわつたので見とおしは悪くなつており路面もすべり易かつたこと、被告伊藤は東京方面から横浜方面に向け最高制限速度である時速四〇粁の速度で被告車を運転して現場にさしかかり、停車中の軽自動車の右側を通過するためハンドルを右に切つたとき、自車前方約五米の地点に訴外国雄を発見し、ハンドルを切ると同時にブレーキをかけたが間にあわず、センターラインから進行方向、六米左側の地点で被告車を同人に衝突させたことが認められる。<証拠>中前認定に反する部分は<証拠>と対比して措信しない。

右事実によれば、被告伊藤は自動車運転者として前方を注視することは勿論、見とおしの悪いときには、適宜速度を調節し、事故の発生を未然に防止すべきであるのにこれを怠つて進行した過失があるといわねばならない。

そうすると被告伊藤は加害者として後記損害を賠償しなければならない。

三、(被告佐藤の責任)

被告佐藤が被告車を所有し、被告伊藤が同人の被用者で事故当時同人のため被告車を運転していたものであることは被告佐藤の自白するところであるから、被告佐藤は自己のために被告車を運行の用に供する者として本件事故によつて生じた後記損害を賠償しなければならない。

四、(被告会社の責任)

被告会社は道路舗装を主とする土木工事施行を業とするものであり、昭和四〇年一月ころ川崎市東渡田三丁目付近の道路工事を神奈川県から請負い、被告佐藤に被告会社佐藤班として下請させていたこと、被告佐藤が被告伊藤を使用していたことは被告会社の自白するところである。

<証拠>によると、被告会社の資本金は二四〇〇万円、従業員は二〇〇ないし三〇〇名でうち事務職員は約五〇名ほかに工事主任オペレーター、整備工を擁し、昭和四〇年度の受註高は一七、八億円であること、工事はオペレーターを要する場合を除き主として下請負を利用して実施すること、被告会社川崎出張所において常時利用する下請業者は六者くらいあり、被告佐藤は昭和三二年ころから被告会社に使われていたが昭和三九年から専属的に被告会社と下請契約を結んでいたこと、被告会社では下請負をさせた場合、現場主任とその補佐二、三名を工事現場に派遣し、工事の監督にあたらせていたこと、労災保険の適用については下請業者の被用者も被告会社の従業員と同様の取扱を受けること、東渡田三丁目付近の本件道路工事に際しては、その工事担当者は被告佐藤の班だけで、班を構成する人夫は一五、六人であつたこと、そして被告会社から現場主任中沢一郎ほか二名が毎日派遣され、仕事の段取り、工事状況の監督をしていたこと、被告佐藤は被告伊藤に被告車を運転させ道具の運搬等にあたらせて工事に使用していたこと、事故当時は被告伊藤が舗装用の器材を被告会社の置場から被告車に積んで東渡田の工事現場へ運んでの帰途であることが認められ、これに反する証拠はない。

右事実によれば被告会社は請負業者として受註工事を遂行するため常に専属的な下請負人を必要とし、外観上これを企業の一部として包摂し、これらを手足として利用し支配してその目的である道路舗装を行うもので、本工事もまた被告佐藤をその配下の人夫とともに、被告会社の支配のもとに働かせていたもので、右工事の範囲内では被告佐藤の被用者である被告伊藤に対し直接間接の指揮監督の権限を持つとともに被告佐藤所有の被告車についてもこれを使用する権限を有していたものと認められるから、本件事故当時の被告伊藤による被告車の運行も被告佐藤のためであると同時に被告会社のためと解するのが相当であり、従つて被告会社もまた被告佐藤と並んで被告車を自己のため運行の用に供する者というべきである。

そうすると被告会社もまた本件事故によつて生じた後記損害の賠償責任を免かれ得ない。

たとえ被告会社が被告車の運行供用者にあたらないとしても前記事実関係によれば、被告会社は被告伊藤に対して前認定のとおり実質上の使用者としての地位にあり、本件事故は被告伊藤が被告会社の業務のため被告車を運転中前記二で認定した同人の過失によつて発生したものであるから使用者として同様の損害賠償責任を負うものというべく、いずれにせよ被告会社は原告らに対し本件事故による損害賠償責任を免かれ得ないことは明らかである。

五、損害

(一)訴外国雄の得べかりし利益の喪失による損害

<証拠>によれば、訴外国雄は事故当時訴外日清製粉株式会社鶴見工場に勤務し、昭和三九年一一月から四〇年一月までの賃金は一日平均一、九二九円、従つて月平均五七、八七〇円であつたこと、同人は内妻の原告福地マサ子と二人で生活し、当時毎月部屋代に五、〇〇〇円、電気代など雑費に三、〇〇〇円、その他の生活費に四万円強支出していたことが認められる。そして国雄が右収入を得るに必要な生活費は右の支出月額の二分一強を占めていたものとみるべきであるが、その生活費を控除しても毎月の純益は三万円を下らなかつたと認めるのが相当である。

又、前掲証拠によれば、国雄は事故がなければ引続き日清製粉株式会社に勤め、すくなくとも右の純利益はあげたであろうことが認められ、他方<証拠>によると国雄は昭和三年六月一五日生の男子であること、従つて事故当時三六才であることが認められ、厚生省大臣官房統計調査部刊行の第一〇回生命表において満三六才の男子の平均余命が三四、三八年となつていることは、当裁判所に顕著な事実である。

以上の事実によると、訴外国雄は本件事故に遭遇しなければ、なお三四年の余命があり、その間なおすくなくとも原告ら主張の二四年間は稼動して月額三万円の純益をあげることができたところ、事故によつてこれを失つたというべきである。

そこで右二四年間について前記月ごとの純益額につきホフマン式計算方法によつて民法所定の年五分の割合による中間利息を控除し、これらを合算して、事故当日における一時払額を求めると五、六六八、七一九円となることは計数上明らかである。

<証拠>によれば、亡国雄は事故発生当時路上の交通状況に注意を払うことなく被告車の進路上前記衝突地点附近において自転車を携えた他人と口論していたことが認められるのであつて、同人の右過失も本件事故発生の一因をなしているものというべきである。そこで右過失を斟酌するときは前認定の逸失利益の損害中被告らに賠償させるべき額を四〇〇万円と定めるのが相当である。

そして<証拠>によれば、原告戸野彦太郎は訴外国雄の父、同ミサヨはその母でともにその相続人であることが認められるから、同人らは国雄の死亡によつて右損害賠償請求権を各その二分の一である二〇〇万円宛相続したものというべきである。

そして右原告両名が責任保険金一〇〇万円を受取り、これを各二分の一宛原告ら各自の右損害賠償請求権に充当したことは右原告両名の自認するところであるから、これらを控除するとその残額は各一五〇万円となる。

(二)原告らの慰藉料

<証拠>によれば、訴外国雄は原告彦太郎(六六才)同ミサヨの次男であるが、同原告両名には現在他に末子の末雄しかなく、国雄を将来肩書地に戻して家業の鮮魚商を継がせるつもりであつたこと、同原告らには他にみるべき財産はなく商売により漸く生計を営んでいるにすぎないこと、国雄からは時折小遣いの仕送りがなされていたこと、原告福地マサ子(四九才)は国雄と昭和二六年四月ころ親戚の反対を押し切つて恋愛結婚し、それ以来入籍しないまま一緒に生活していたこと、原告マサ子には前夫の子(一九才)があるが同人は九年前から原告彦太郎の許に預けられていること、国雄の死後、原告マサ子は日清製粉株式会社に臨時雇として一日六八六円の収入を得ていること、原告らはいずれも本件事故による国雄の死亡によつて相当の精神的打撃を受けたことが認められる。

また<証拠>によれば、被告会社は亡国雄の医療費、葬儀費その他として約一五八、〇〇〇円を支出したほか通夜、葬式に乗用車を提供するなどの協力を示したことが認められる。

以上の事実に本件事故の態様、国雄の前記過失等を斟酌するときは原告らの受けるべき慰藉料額は原告彦太郎同ミサヨにつき各一〇万円、原告福地マサ子につき一〇〇万円を相当と認める。

六、よつて原告らの本訴請求は被告らに対し原告戸野彦太郎同戸野ミサヨにおいてそれぞれ前項(一)(二)の合計各金一六〇万円原告福地マサ子において前項(二)の金一〇〇万円および前記各金員に対する訴状送達の日の翌日であること記録上明らかな昭和四〇年六月四日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める限度において理由があるのでこれを認容し、原告戸野彦太郎、同戸野ミサヨのその余の請求は失当として棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九二条、第九三条、仮執行の宣言について同法第一九六条第一項を各適用して主文のとおり判決する。(鈴木潔 楠本安雄 浅田潤一)

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